●1995年10月、会社の経営が傾き、総務部により労働規定の改正案が出されました。
   もともと残業代には制限があったのですが、更にあらゆるものに制限が掛かります。

   文面では22時以降の残業は禁止のようにありますがこれは建前で、実際にはタイムカードを押して
   帰ったことにするだけです。
   ゲーム業界で働いたことのある方ならわかると思いますが、もしも全員が22時に切り上げたら
   ハナからギリギリで設定されている作品の締切なんて間に合うはずがありません(w)。
   

  ●経営側の一方的な通達に対し、少しでも多く賃金をもらおうと提案を出す者もいました。
   この『能力査定案』の主旨は、能力がある者がたくさんギャランティをもらうべきだというものです。
   
   経営側との会議は長引く様相を見せた為、現場でラインを回さなければならない立場であった自分は、
   こんな会議で貴重な時間を潰されるのは御免こうむりたかったので、自身の意見を放棄させて頂きました。
   
   結局、この案は通るのですが、実際やってみると、ひと握りの者が他の社員を礎にして賃金を分捕るという
   トンデモなシステムになっていきました(w)。
   

  ●当時、自分はチームリーダー(室長)だったのですが、この査定業務は苦痛以外の何物でもなかったです。
   毎月、他のチームリーダーたちと一定額の予算を奪い合う会議をしなくてはならなかったのですから。
   
   そもそもチームリーダーといっても管理だけしている訳では無く、自身が担当する作業も他のスタッフと
   同等に受け持っているんです。増えた負担は予想以上に重いものでしたね。
   

  ●報奨金は出たことはありません。
   本来なら黒字になった『ポケットウォーク』には出てもいいはずなのですが、他のラインの開発費用と
   SNKへの借金返済に回されてしまいました(w)。
   

  ●能力査定(能力給)制度ですが、この後、更なる経営悪化に伴い自然消滅に近い形で廃案となります。
   

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